2010年02月06日

『男たちの大和』

(この記事は2006年9月14日に書かれました)


 事情があって『男たちの大和』を観ました。以下、感想。


 一言で言って、クズ。

 2時間半弱の映画だけど、最後まで観るのは苦痛を要す。こういう映画にはR−18とかPG−12といったレイティングシステムと同様に、「要忍耐」とかそういう注意書きがあったほうが良いと思う。こんなクズ映画が「CinemaScape−映画批評空間−」みたいなサイトでけっこう高評価を得ているという事実が私には理解できない。

 大和は竣工したて、服は全ておろしたて、髪はみんな梳かしたて、顔も洗いたてにしか見えない。つまりどれも真新しくて嘘くさい(茶碗まで漂白剤を使ったかのように真っ白)。おまけに照明を昼のシーンだろうと夜のシーンだろうと全方向からまんべんなく当てているから、いつでものっぺり明るいし、ますます嘘くささを際だたせている。

 戦闘機の機銃掃射を、ばあちゃんが身を挺して女の子をかばうシーンは大爆笑。アンタ、拳銃じゃあるまいし、戦闘機の機銃で撃たれたら、ばあちゃんもかばってもらった女の子もバラバラだろう。

 大和に乗り込む兵隊を見送る人々が手を振るシーン。誰も日の丸を振っていない。天皇陛下バンザイと言わない。お国のため、天皇陛下のために死んでこいと言わない。何故だ? 代わりに誰もが「生きろ」と言っている。いつの間に太平洋戦争はそういうことになったんだ? 60年経ったらもうみんなどうでも良くなったんだろうか。

 どいつもこいつも演技は過剰。中村獅童の演技は直視できないくらいにひどい。鈴木京香は『サトラレ』もそうだったけど、見ているとイライラしてくる。まともなのは(演技のうまさもふくめ)蒼井優くらい。

 それにしても中村獅童はどうやって生き残ったんだろうか。特にそういう場面はなかったような気がするのだが。(A.I.)
posted by A.I. at 16:08| Comment(28) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

『アバター』観た

 昨年、年末から年始にかけ忙しく全然ブログを更新していない。
 ちとデザインとかブログ名とか変更したいなあと思っている。
 とりあえず備忘のために読んだ本とか観た映画とかについて書いておくと。

 『アバター』
 ジェームズ・キャメロン監督の3D作品。どうやら全米の興行収入歴代2位になりそうだということで、そうするとキャメロンは『タイタニック』と『アバター』で1、2位を独占することになる。
 個人的な印象としては映像的にはFFをすごくきれいにした感じ。ストーリー的には『ラストサムライ』とか『ダンス・ウィズ・ウルフズ』とかそんな感じ。とゆうか要するにネトゲ廃人の話だと思って「アバター ネトゲ廃人」でググると出るわ出るわ。やっぱみんなそう思ったんだねえ。まあ面白かったけどね。割とオススメ。何も考えずに「おおー」とか言いながら観るには良い。

posted by A.I. at 14:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

11月14日のこと

 前夜から降り続いていた雨がようやくあがりかけ、またもやこの時期としては暑い一日であった。いや、今年ほど温暖化という言葉がリアルに感じられたことはない。これを書いている今現在、既に時刻は夜の十時半をまわっているが、私は半袖Tシャツである。

 朝っぱらから『24 シーズン7』の続きを観ていて、いやもうこれはものすごい作品なんじゃないかと感心しまくり。何せ『24』なのでもちろんのこと面白いが、とにかく話が陰鬱。ここまで暗くて救いがない展開を、現在のハリウッド資本のドラマが可能たらしめたという点は賞賛に値すると思う。

 続けて、『スタートレック』を観る。JJエイブラムズ監督の映画のやつ。いや、スタートレックは全然知らないので何とも言えないが、とりあえず映画としては及第点だと思う。

 そして『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を観る。
 普通。
 「CinemaScape−映画批評空間−」のNakamyuraという方の〈2007年という時代が抱える心の病は、「必要とされるかどうかの葛藤」なんて中途半端な位置ではなく、「不必要であることに慣れ切ってしまっている」または「必要とされることを当然だと感じてしまっている」というもっと振り切れたところにまで到達しているはず〉というコメントが、最も的確にこの映画の弱点を表していると思う。
 おそらくは監督自身、十数年前とは違ってシンジ君の苦悩には何も同化できずにいるはずで、そのせいなのか、あるいは単に映画という枠組みの都合上尺が短いせいなのか、おそらくはこの作品の中心部にあるはずのシンジ君の苦悩がずいぶんおざなりに処理されていて、それゆえ妙にテンポが良い。むろんそのほうがどうでもいい他人の苦悩に付き合いたくないこちらとしては有り難いわけだけど、しかしそのテンポの良さがいっそうシンジ君の苦悩のどうでもよさを際だたせているため、わざわざ改めてこの作品を撮り直す必然性を誰が感じたのかと、その点はやはり疑問に感じざるを得ない。

 見終わったあたりで家の周囲が次第にオレンジ色に。
 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』か、『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界に入り込んだかと思うほどに、出来すぎなくらい町がオレンジ色に染まり、あわてて外に出てみると目を疑うような落日の光景。チャリンコ乗った小学生までも映画のワンシーンのようで、携帯出して夕日を撮影してみたり。久しぶりに心洗われるような景色を見た。
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2009年11月10日

まあ日本も近い将来こうなるのかもしれんが

 痛いニュース〈日本のショタエロ画像をDLしたカナダ人、有罪に 「虚構の子供達に苦痛を与えることも罪」〉という記事。

カナダのニューグラスゴーに住む双子の兄弟(20)は、少年を性的対象にした画像をダウンロードしたとして、禁固3ヵ月執行猶予18ヵ月の有罪判決を受けた。

画像は日本のアニメ絵で、虚構の子供達に苦痛を与えることも大きな罪であるとされた。


 この問題はかなり難しいものがあると思うけど、とりあえず寝た子は起こさないという対応が一番のような気がする。個人的には規制とかには反対だし、ましてやこのカナダの例のような犯罪者扱いは間違っていると思うけど、とは言え、決して自慢できるような趣味ではないし、「表現の自由」を高らかに掲げて「俺らは全然間違ってない。全く悪くない」と言えるほど厚顔無恥にもなれない。やはりああいうものを好むことには若干のやましさがあってしかるべきだ。
 しかし常々言っているけど、明らかに被害者がいたり違法行為を行っていて実社会に悪影響を及ぼしているであろう一部AV業界にはなぜ全くメスが入らないのか、私にはそこが一番不思議。
 露出、痴漢、レイプモノAVなんざどう見たって犯罪のオンパレードで、痴漢被害が(そして冤罪被害も)一向に減らない現状を鑑みるに、それらによる悪影響だってエロマンガ・エロアニメの比じゃないでしょう。なぜ全くと言っていいほど問題にならないのだろう。よくわからん。
posted by A.I. at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

『チョコレート・ファイター』『ラスト・ブラッド』『ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー』

 『チョコレート・ファイター』を観る。

 監督は『マッハ!』『トム・ヤム・クン!』のプラッチャヤー・ピンゲーオ。いや前2作はやはり主演のトニー・ジャーがいてこそと思っていたが、今回よく分かった。少なくともアクション監督としてのプラッチャヤー・ピンゲーオは相当なものである。正直言ってこんなにすごいとは思わなかった。主演の女の子ジージャーは可愛い上にど派手な超絶アクションを見せてくれるし、やられる敵役のスタントマンたちもマジで命張ったやられ方をみせてくれるしで、たいそう面白かったです。別にストーリーなんてどうでもいいし。最高でした。



 『ラスト・ブラッド』を観る。

 押井塾の生徒だったスタッフが作った『BLOOD:THE LAST VAMPIRE』が一応原案らしい。一応それも観たはずなんだけど、正直あんま覚えてない。セーラー服の女の子が刀持って悪い奴らをバッサバッサというのは大好きだけど、残念ながらアクションのテンポが悪い。特に『チョコレート・ファイター』を観たあとだけに、チョン・ジヒョンや小雪にアクションを期待するというのはむろん無理なんだけど、にしてもジージャーは誤魔化しなしであのアクションなのにこっちは色々誤魔化しているわりにこれかとつい思ってしまった。



 『ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー』を観る。

 実を言えばこのストーリーが原作ゲームに比較的忠実なのかどうかよくわからないが、ストーリー自体にさほど違和感はなかった。しかし演出が下手なのか非常に冗長で、大体春麗がなかなか春麗に見えないというのはやはり難点だと思う。起用は難しいかもしれないけど、チャン・ツィイーとかのほうが絶対サマになっていたはずである。さらにダメなのがアクションで、『チョコレート・ファイター』を観たあとだけに、ジージャーは誤魔化しなしであのアクションなのにこっちは色々誤魔化しているわりにこれかとつい思ってしまった。
 いや、何というか『チョコレート・ファイター』のほうがはるかにリアルで痛そうなうえ、しかもずっと強そうなのだ。同じレベルのアクションを求めているわけではないが(無理に決まっているし)、しかしアクションを売りにした映画ならもう少しその部分で魅せてほしいと思う。
posted by A.I. at 21:07| Comment(17) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

『24 -TWENTY FOUR- シーズンVII』『13日の金曜日』『THE VANGUARD』

 『24 -TWENTY FOUR- シーズンVII』を観る。

 泣く。
 いや、まさか24で泣くとは思わなかった。
 ジャック・バウアーの家族・仲間はほぼ死に、彼自身は中国に拉致られ拷問を受け、解放後も功績よりも罪を責め立てられ、娘のキンバリーには憎まれ、もはやこの国にいても仕方ないとアフリカを放浪し、結局色々あって帰国するも待ち受けているのは公聴会によるCTU時代の違法捜査の追及。
 これまでのジャック・バウアーは自らの家族を守る、敬愛すべき大統領の信頼に応える、などといった目的を、わずかながらも持ちつつ行動していたように思う。これはつまり、人は「国」とか「世界」を救うためのみに行動することはできないということを意味しているのだろう。我々個人にとって「国」とか「世界」というものはあまりにも大きく抽象的すぎるのである。だからこそ、そこで「愛する家族を守るため」「仲間の信頼に応えるため」という具合に、全体の問題を個人のレベルにまで引き下げなければならないのだ。24の3シーズンあたりまで国を危機から守ることとジャック自身がその家族を守ることがほぼ同義となっていたのはそのような理由によるのではないかと思う。
 だが、今回は違う。ジャックはほぼ文字通り「外部の者」である。はっきり言えばテロなんて「もうどうでもいい」はずなのだ。にもかかわらずジャックは走る。テロを阻止するために。ありとあらゆる誹謗中傷を受けながら。犯罪者として追われながら。反論も言い訳すらもせずに。
 すでにジャック・バウアーは生きることに疲れ、希望をなくしている。だから自ら死へ向かうような行動をとる。だから死が目前に迫ったとき彼は安心したような顔をする。

 というわけで、泣いた。キファー・サザーランドの哀しみに満ちた表情に打たれて泣いた。



 『13日の金曜日』を観る。

 観たのはリメイクである。
 『スクリーム』という映画で、ある女の子(ドリュー・バリモア)が自宅でホラー映画を観ようとしていると突然電話がかかってくる。電話の主は、まあ要するに連続殺人犯なのだが、彼はクイズをしようと持ちかける。クイズに間違うと殺されるわけだ。
「『13日の金曜日』に出てくる殺人犯は誰?」
女の子は答える。
「ジェイソン!ジェイソンよ!」
答えは×。正解はジェイソンの母親。最初の『13日の金曜日』にはジェイソンは出てこないのである。というよりもジェイソンを殺された(と思っている)母親が復讐を行っているという話なのだ。

 というわけで、意外と全然知られていないことだが、あのホッケーマスクをかぶった殺人犯は続編から作られたキャラで、つまり最初の作品はホラーと言うよりもサスペンスに近いのである。だいぶ昔に観たきりだからかなりうろ覚えだけど、相当につまらなかった印象が強くて、そもそも何故これの続編を作ろうなどと思い立ったのかと疑問に思ったものである。
 ただ今回のリメイクはそこら辺をかなり上手く処理していて、だからなかなか面白かった。監督は『悪魔のいけにえ』のリメイク『テキサス・チェーンソー』を監督したマーカス・ニスペルで、『テキサス・チェーンソー』もなかなか面白かった(むろん『悪魔のいけにえ』には明らかに劣るけど)。ちゃんと原作へのリスペクトがあるし、でもジェイソンが中心だし、例によって殺される奴らはバカばっかだし、おっぱいもたくさん出るし、悪くない。全然悪くない。



 『THE VANGUARD』を観る。

 まずはこれを観てほしい。
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 廃墟となった高層ビルを背景に、両手に日本刀のようなものを持つうつむき加減のマント姿の男ひとり。カッコイイ。面白そう。絶対すげーアクションしてくれそう。ストーリーがチープだとかVFXが明らかにそうとしか見えないとかそんなことは構わない。ワイヤー使ったかっこいいアクションがあればいい。
 そんなささやかな希望を持ちつつ観たこの映画。

 全然違う。
 まず、森。都市とか全然出てこない。最初から最後まで森。それからマント。つけてない。最初から最後までつけてない。次いで刀。持ってない。二刀どころか一刀も持ってない。持ってるのは斧だし。最初から最後まで斧のみ。んで人。この人出てない。出てたのはヒゲ面のおっさん。最初から最後までこの人出てこない。
 主要登場人物4人くらい。そいつらが森んなかであーだこーだ。軍隊らしきものが持っている銃はAK-47かなんかでその時点で違和感だらけ。一応迷彩服着てるわりに下は真っ白なズボンで、どう見てもファッションで着てるようにしか見えない。ゾンビ化した奴らもきちんと服着てて、破れても汚れてもいない。
 つまり大学生が映画サークルで撮ったレベルでしかない。しかも最近じゃこれ以上の自主製作フィルムはごまんとある。
 要するにクズ映画。てゆうか詐欺。ありえない。暴動が起きていいレベル。この映画を不幸にも観てしまった同じ犠牲者となら、何もかも許し合えるかもしれない。それくらいひどい。
posted by A.I. at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

買った漫画。

 三浦建太郎『ベルセルク(34)』を買う。

 大帝・ガニシュカは体長1qくらいはありそうな化け物と化し、人間と使徒は手を結びそれに対抗しようとする。圧倒的な画力によって描かれるほとんど人知を超えた情景の数々はただそれだけでも見応えがあるが、ストーリーの展開はぬるくなってきたよなあと思わされた。
 ところが、そこにグリフィスの思惑が絡んで世界が変わったとき、そこに現れる幻想的な光景は、もはやストーリーマンガの世界を突き抜けてほとんど前衛的とも言えるような領域に至っており(特にユービックがいる場面)、こちらも読みながら絶句してしまうほどの衝撃。ひとりの人間の想像力がここまで突き抜けてしまえるものなのかと、そしてそれをマンガのような表現形式でビジュアル的に可能にしてしまえるものなのかと驚きを禁じ得ない。すごい。ものすごい。


 沙村広明『無限の住人(25)』を買う。

 全巻古本屋に売ったことを忘れていて新刊を買ってしまった。やはり売らなければ良かった。
 沙村広明は真性のサディストだと思う。『無限の住人』では、きれいな女の子が拷問を受けたりレイプされたりする場面をよく描いてきていて、まあよくぞこんなもんが規制を受けずに流通してるよなあ、日本って良い国だよなあといつも感心していたのだけど、25巻の尸良の死に様は、もうそれどころではない。顔面が真ん中から二つに割られ、両手両足を切り落とされ、そのうえ野犬に身体を生きたまま食われながら死んで行くのである。いや凄まじい。
 沙村は、自分の作ったキャラクターや物語に対する倫理観が強いのかもしれない。当初は単純な復讐劇だったはずだけど、巻が進むにつれ登場人物が復讐という行為の矛盾に葛藤し出し、しかも物語の進行上の都合でうやむやにしていたことを伏線のようにして回収するものだから、そのうやむやがいちいち後味の悪さとして凜や万次の前に立ちはだかる。結果としてもはや逸刀流と万次たちという構図は崩れ、展開は既に先が読めないばかりでなく、いったいこの話をどう回収するのかも皆目見当がつかない。目が離せない。


 幸村誠『ヴィンランド・サガ(8)』を買う。

 クヌート王子の奪還戦は、王子の「目覚め」によって終熄し、両陣営はクヌートを主君と仰ぐことになる。クヌートは本陣に戻りデンマーク王室内での覇権争いに話が移行したかと思った矢先に、この急展開。こちらも物語の行く先は全く見えず、しかもその先の見えないストーリーもテンポ良く進行するので読む側のストレスにならない。思わず「おいおいおいおい、これどーなっちまうんだよ!」と叫び声をあげそうになる。
 上記の『ベルセルク』や『無限の住人』は正直、ちゃんと作品を完結させられるのか、竜頭蛇尾という結果に陥らないか不安だが、幸村誠はきちんとテーマを持って作品を描く人なのでいたずらに読者を不安に陥れることはない。きちんと作品を完結させるだけの力量を持ち、はっきりと到達点を見据えていると思う。その点が作品の質を保証し、同時にやや物足りなさを感じさせるところなのかもしれない。
ベルセルク 34 (ジェッツコミックス)

ベルセルク 34 (ジェッツコミックス)

  • 作者: 三浦 建太郎
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2009/09/25
  • メディア: コミック




無限の住人 25 (アフタヌーンKC)

無限の住人 25 (アフタヌーンKC)

  • 作者: 沙村 広明
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/09/23
  • メディア: コミック




ヴィンランド・サガ 8 (アフタヌーンKC)

ヴィンランド・サガ 8 (アフタヌーンKC)

  • 作者: 幸村 誠
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/09/23
  • メディア: コミック



posted by A.I. at 15:38| Comment(2) | TrackBack(1) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

京大は楽しそうだなあ

 森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』とか万城目学の『鴨川ホルモー』を読むと、京大は楽しそうだなあとつくづく思う。どちらの小説もとにかく良い意味でくだらないんだけど、こういうくだらなさって大学生活特有のものだよなと、あの頃のことを思い出しつつ読んだものだ。あのヒマばかりありあまるほどあって、そのありあまるほどのヒマをしょうもないことにばかり費やして、それでいてなんかすごい楽しかった時代を、生き生きと描くことにかけては、森見・万城目という京大卒作家の右に出るものはないかもしれない。

 で、今日例によってニコニコ動画を見ていたらこれですよ。



 ああ、京大に入りてえなあ。こんな面白い大学生活送れたら、もう何も言うことないよ。ちくしょう高校の頃もっと勉強すれば良かったなあ……。
posted by A.I. at 05:45| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月31日

衆院選

 6時くらいに投票に行って、帰ってからメシ食ってニコニコ動画を見て、10時くらいにテレビをつけたら何と民主党が圧勝。ニコ動内ではやたらと麻生動画が多くてしかもランキング上位に上がって、宣伝ポイントのせいでやたらきんきらきんで目立っているので、正直民主は苦戦するんじゃないか、民主勝利の前評判は前回と同じくマスコミが空回りしただけなんじゃないのかと思っていたので、この結果にはかなり驚いた。
 正直に言って、民主党にどれほど期待できるのかかなり疑問だけど、それにしてもニコ動や2chでの過剰な民主党バッシングや麻生への可憐なほどの偏愛ぶりにはかなり辟易していたので、まあこの結果は歓迎である。特にニコ動内の様々な動画で「民主党が政権を獲ったら日本は滅びる」みたいなコメントが投下されていたのを見て、自民支持とか麻生ラヴは別に構わないけど、これはあまりにもナイーブに過ぎるのではないかと思ったものだ。大丈夫、民主圧勝でも日本は滅びないよ。賭けてもいい。幸福実現党が圧勝とか言われたらちと考えるけど、今の自民党と民主党の差なんて、アメリカの共和党と民主党の差ほどもないだろう。
 ただ何と言ってもこの4年の間で、「貧困」というおそらく戦後の経済発展の中で一掃されたはずの問題が、我々の眼前に再び立ち上がり始めたことは確かだったと思う。つまり日本はものすごい勢いで没落しつつあることが明らかになったのに、そしてその原因がおそらくは小泉政権時に採られた規制緩和などの市場原理導入やグローバリゼーションの流れであることがリーマンショックによって明らかになったのに、更にその担い手であったアメリカ当人がはっきりと方向転換を打ち出してきたのに、日本はほとんど有効な手を打てなかったという点はやはり今回の政権交代の大きな理由だとは思う。
 民主党に何が出来るのかとは思うが、しかしやらせもせずにダメだとは言えないだろうから、とりあえず頑張ってほしいと思う。住みやすい国にしてくれ。
posted by A.I. at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

ラーメンズ『TEXT』

 ラーメンズ第16回公演『TEXT』のDVDを買う。
 昔からラーメンズは好きだったけど、彼らの公演は回を追うごとにクオリティが高くなっているように思う。今回の公演はもはやそんじょそこらの「文学」では太刀打ちできないんではないだろうか。少なくとも最近いわゆる文学の領域においてこれほどまでに面白く、しかも「言葉」に意識的であり、「言葉」をもって人を納得させるような作品に出会ったことはほとんどない。その意味で極めて意欲的で、かつその意欲が見事に実を結んだ作品だと思う。
 本公演は6つのコントで構成されているのだが、『TEXT』という公演のタイトルが示すように個々のコントは全てが言葉をテーマとしている。ひとつめは五十音、ふたつめは同音異義語、みっつめはいわゆる詭弁論理という具合である。そしてともすれば単なる言葉あそびに陥ってしまいそうになるそれらのコントを、ギリギリのラインでストーリーに組み込み、尚かつお笑いとしても成立させるという、相当にアクロバティックな芸当をしてみせる。これには心底、感心というか感動した。片桐と小林のやりとりに大爆笑しつつ「メチャクチャすげえなこれ」と思わせる。いや、こんなものすごいこと出来る人たちが他にいるんだろうか。
 たとえば、ふたつめの同音異義語のコント。全く異なるストーリーを別々に語る二人。これはどういうコントなんだろうと思っていると二人の話が連結され、彼らの語る同音異義語を介して二人の会話が成立し出す。みっつめのコントでは透明人間という存在の証明をめぐってふたりが議論を行う。いわゆる「悪魔の証明」が出てきたりして、これはたぶん「トンデモ本」系が持ち出す詭弁のパロディなのだと思う。
 そして最後のコント。宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』のパロディなのだが、これまでのコントがすべて伏線となってひとつひとつ回収されていき、しかも『銀河鉄道の夜』の静謐な叙情性を損なわず、もの悲しく切ない物語に仕上げている。見事な宮澤賢治へのオマージュ作品である。正直言ってこれはものすごい達成ではあるまいかと思った。
 いや〜、ホントすごかった。というわけで、『銀河鉄道の夜』読み返したいと思います。
posted by A.I. at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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